子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

児童養護施設にて、小学生に教えたい仲直りと次の約束②

「なかなおりしたから、またあそべるね」

本日は、先日書いた太成(たいせい)くんと深月(みづき)くんのトラブルの続きをば。
鬼ごっこに夢中になるあまり、鬼の手から逃れたい一心で石を投げてしまった深月。
この後果たしてどうなるのでしょうか。
 

 

  石を投げたことは悪いことだったと認められた深月は、太成をちらちら見ていました。

どうやら顔色が気になる様子。

怪我をしたのかな、怒っているかな、と瞳が不安げです。ぼくは問いかけます。

じゃあ深月、今から太成にしないといけないことがわかる?

「あやまる」

うん、何て言って謝る?

「石なげてごめんね、もうしない」

うん、いいね。言ってごらん。

太成と深月はお互いに対峙し、まだ目元をこすっている太成に向かって深月は上の言葉をぽそりと言いました。



そんな深月を太成は、

「いいよ、もうしないでね」

と優しく受け止めてくれ、そこではとりあえず仲直り。

太成は遊びに戻ります。

深月とは、ここからも少しお話をするのがぼくのスタイルです。

謝れたこと、とてもよかったよ。

自分のしたことが悪いことだと認められるのは、誰でもできることではありません。

深月くんは自分で反省のできる素敵な力があるね。

「……ハルくん、石なげたらね、太成がもうあそばない!っていった。いつもなかよしなのに」

おお、そんなことがあったのか。

これはよい学びになりそうだ。

ぼくは深月により深く考えさせるチャンスだと思いました。



太成が「もう遊ばない!」って言ったのは、どうしてだと思う?

この問いには、ネガティブモードの深月から

「おれのこと きらいになったから?」

と言われ慌てて訂正。

嫌いになったら、簡単には許してもらえないよね。

さっき太成は「いいよ」って許してくれたから、嫌いなわけじゃないよ。

きっと、鬼ごっこのルールをやぶって物を投げた深月くんとは、安心して遊べない!と思ったんじゃない?

深月は真剣にぼくの話を聞いています。

大人の真剣さは、子どもにも伝わらなければ意味がありません。

ぼくもいつもに増して言葉を慎重に選び、力がこもるのを感じます。

ハルくんも真剣だから、このまま真剣に聞いて深月。

石を投げるのは、ボールを投げるのとは違うね。

石が当たったらどうなる?

「いたくなる。血が出たり、遊ばないって言われたりする」

そうだね。

相手に怪我をさせて、大人には怒られて、しかももう友達と一緒に遊べなくなるかもしれない。

深月にとって良いことある?ないよね。

相手にとって良いことは?痛いし、悲しいし、これもないね。

じゃあ、やらないほうが仲良く居られる。違うかな?

「ちがわない。……おれもう石なげない。」

その言葉が自分から出たらもう大丈夫だ。

この子はしっかり理解した。

石を投げることの反社会性と、ルールを守ることのメリット。



深月くんは聴覚からの理解が得意なので長い話ができますが、子どもによって伝え方は考える必要があります。

ただの長いお説教にならないことが大切。

「子どもと一緒に考える」

それが重要なポイントです。


ぼくと深月が話を終えて中庭に帰ってくると、太成がぴゅーんっと走ってきてくれました。

深月に向かって

「なかなおりしたから、また遊べるね」

と言って、また仲間に入れてくれます。

「もう石なげんなよ!」

と忠告も忘れずにするところは、実に彼らしい。

太成の良いところ、ほんとこういうところに如実に表れる。

心根の優しい、素直で可愛いいい男!

深月も太成の後を追って

「もうなげない!」

と嬉しそうに駆け出しました。


ケンカはいつでもしたらいい。

でも、相手に怪我をさせたり、嫌な気持ちにさせることには指導。

大人の出番です。

ケンカから仲直りまで、ちゃんと教えてあげたいものです。

そしたらきっとまた、仲良く遊べるよね。