子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

児童養護施設にて、高校生が命の限りを教わる瞬間②

「俺が死ぬときも頼むよ」

今回の記事は前回の続きです。

www.kodomotosensei.xyz

 

児童養護施設にて、本物の兄弟のように仲の良いふたりが、自分たちの命について考えるお話。

 

 

「待って!俺も行く!」

出発しようとする車にドンッ!と手をつき、職員が驚いている隙に夏が飛び乗ってきました。

「浩史くんのおじーちゃんやろ!?俺も行く」

なぜわかったのか。子どもたちには何も言わず寮を出てきたのです。浩史と長く一緒にいる夏は、何か感じるものがあったのかもしれません。

 

頑固な夏くん、こうと決めたらこう!な性格と、浩史を一人にできないという熱い心からか、職員が何を言って聞きません。こんな時間に親族以外を連れていくわけにはいかない、夏には明日学校もあるし、外出の届けもしてない、だから心配なのはわかるけど連れていけないよ。という旨を職員が話すも、断固として車を降りようとしません。

 

先輩職員さんは少し困った視線を浩史に向けました。夏を置いていくために、ちょっとだけ浩史に助け船を出してほしかったのです。夏は浩史の言うことなら基本的に素直に聞きますから。

 

しかし、今日は様子が違います。いつも夏を嗜める側に回ってくれる浩史が、夏を否定も肯定もせず、ぎゅうっと膝の上で拳を握っていました。

 

ぼくは悟りました。みんなの兄貴分で、職員からの信頼もあついしっかり者の浩史。人に頼られることも多く、誰かの世話をうまくやいて、みんなを元気づけて来てくれた浩史。今君の胸は、おじいさんの無事を願って不安で張り裂けそうなはずだ。なぜ気づけなかったんだろう。己を悔やみました。

 

そして、「夏を連れていこう。責任はぼくらで取りましょうよ」と先輩を説得。先輩も、夏の勢いと「ハルくんそっちの味方なの!?」と諦めたのか、とりあえずシートベルトして、と言ってくれました。浩史の隣に座り直した夏は、ガッと兄貴分の肩を抱いて

「俺がついてるよ浩史くん」

と。いつも自分がしてもらってるように。浩史がくれた分を返すかのように。ふたりはそのまま病院まで無言で過ごしました。ただ、浩史の握られていた手からは力が抜けているのを、ぼくは見逃しませんでした。



幸い、浩史の祖父は無事で、意識も戻り、話をすることもできました。ほっとして帰路についていると、車の後ろに並んで乗っているふたりの会話が聞こえてきます。

「浩史くんよかったな、おじーちゃん」

「おぉ、まぁ何とか成人式までは生きてほしいと思ってるから、ちょっと安心したわ。」

「俺浩史くんには俺がいるから、俺が成人式も行くわ!」

「なんだそれ(笑)お前が来てどうする(笑)成人式より、じーさんの葬式に来てくれ」

「……うん、」

「俺が死ぬときも頼むな」


ふたりが何を思ってこの会話をしたのか、大人のぼくたちにはわかりません。10代の子どもたちにとって重たいことで、でもいつかは避けられないことで。命の限りがあることを自覚したふたりは、人によりいっそう優しくなれるでしょう。