子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

小学校のちょっとした小話から学ぶ子どもたち。名前は命の次の贈り物

「キラキラネームって本来の意味でなくて星ちゃんのことかもしれない」

皆様は自分のお名前の由来をご存知でしょうか。

日本語は漢字やひらがな、カタカナなど多くの文字や表現を使用し、多様な意味を持たせることが可能な言語です。同じ音の名前でも、意味や表現が違うことで込められた願いも変わってきます。全く同じ同姓同名でも、名づけた人が違えばオンリーワンの贈り物になるわけです。この人と区別できる自分だけの違いが、自我を確立する段階でとても大切で欠けがえのないものであると感じています。

 

小学校の道徳の時間に、というわけではないのですが、帰りの会の小話程度に名前のことを話したことがあります。

みんなひとりひとりに特別な名前があって、たくさんの想いや意味が込められている。命の次に大人にもらう贈り物で、ほとんどの人が一生「自分」として名乗り続けるもの。だから人の名前で遊んだり、ふざけて呼ぶことは絶対にしないでほしい。というような内容だったと思います。話した本人が小話という認識だったので、子どもたちの反応が少し意外であったことは鮮明に覚えています。

自分の名前の由来に興味を持ったらしい星(ホシ)ちゃんは、土日の宿題の絵日記にこんなことを描いてくれました。

「わたしは星(ほし)という名前です。ママは夜空が好きで、星が好きだからつけたそうです。ママが“ママとパパにとって、星は一番星なんだよ。いつも最初にかがやいているんだよ”と言いました。わたしは、もっときらきらの星になりたいと思いました。」

素敵な由来ですね。子どもがちゃんときらきらの意味を受け取っているのは、親御さんがきちんと伝えているから。愛が伝わります。

きらきらの星ちゃんがいつにも増して余りに輝いて見えたので、月曜日の帰りの会で紹介しました。星ちゃんが読み上げてくれる絵日記の内容に、みんな興味深々。おれの由来はね、わたしはねー、と、話が膨らみます。

 

由来を知っていて、話してくれる人はいる?呼ばれたい呼び方とかあれば教えてほしいなー、とぼくが尋ねると、たくさんの小さな手がにょきにょき挙がります。

「わたしは佳苗(かなえ)という名前で、何でもねがいが叶いますように、って意味があります。かなちゃんって呼ばれるとうれしいです」

「わたしは苺(いちご)で、産まれたときに赤くてかわいかったからつけたんだって。パパはわたしのことベリーっていうからはずかしい!みんなはいっちゃんて呼んでね!」

「おれは尊(たける)で、みんなすぐ読めない。でもすごく大事で大切なものって意味らしい。おじさんがつけたソンってアダ名は気に入ってるから、みんな呼んでいいです」

「うちはお姉ちゃんが先に産まれたから咲希(さき)で、ぼくが後に産まれたから愛翔(あと)。ちょっとおもしろい」


意外と子どもたちは名前の由来を知っていました。自分は知らなーいという子には、ぼくが漢字の意味を黒板で説明したり、花の名前がついている子には花言葉を伝えたりしました。みんな真剣にかつ楽しく聞いてくれて、ちょっと授業でやってみたくなるハルせんせー。

「名前には意味があって、ねがいがあるからバカにしちゃいけなくて、大事なんだってわかりました!」

クラスのアイドルいっちゃんが感想としてまとめてくれたところで、満足げなぼくにも矛先が。

「ハルせんせーはなんでハルなの?」

ハ、ハルせんせーは晴るとか春とか映るとか、なんだかおめでたい意味がたくさん含まれててね……ってこれじゃぼくがオメデタイ頭の人みたいだなちょっと言い方間違えた……