子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

自傷行為による傷痕で、死にたい生きたい皆さんへ

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「あなたの刃が向く先をぼくは考える」 

今日は自傷行為を経験している、もしくは興味のある皆さんに向けてお手紙を書きます。

さいごまて、ぼくの声を聞いてください。

 

自傷行為を始めたきっかけ、興味をもったきっかけは何だったでしょうか?最初に刃を入れたのは何時だったでしょうか?

始まりの時、皆さんの身体には滲む赤があったことでしょう。
それは左の腕であったり、右の足であったり、はたまた心であったり、瞳であったり。
箇所は違えど、何かが痛み、何かが流れたことでしょう。

 

生きるために?死ぬために?快楽のため?それとも気ままになんとなく。

理由は様々ですが、共通しているのは「刃を向ける先が自分である」という点です。

 

人間は、本能的に自己防衛の機能が備わっています。

何かが迫ってきて反射的に瞼を閉じる、目の前で振りかぶられたら頭を守ろうと腕を翳すなど、自分の命を脅かすものからは無意識に遠ざかる仕組みが身体にはあります。「死」を避けられるよう、本能に備わっているのです。

そして、その無意識の自己防衛は心にも働きます。陰口を言われる前にどこかで陰口を言ったり、いじめられないように周りに同調したりするのも、社会的に阻害されるという「死」を恐れた一種の自己防衛と言えると考えます。

 

ぼくが声を大にして言いたいのはここからで、読んでほしいのも実はここからです。

一般的に、本能的に、人間には「自分を脅かすものから心も身体も遠ざける仕組み」があります。

自傷行為においてただひとつ、気づいてほしい点は、「脅かす対象が自らである」という点です。

ぼくが言いたいのはこれです。

 

よくある本や、授業のように、「やめなよ」「命は大切にしな」「親からもらった大事な身体なんだから」なんて使い古された台詞は言いません。

「本気で死にたいのか?」「そんなんじゃ死ねないし」「かまってちゃんかよ」なんて、御託を並べる誰かたちは今置いとこう。

 

重ねて言います。
自傷行為において気づいてほしい点は、「脅かす対象が自らである」こと。これにきちんと自覚を持ってほしいんです。

 

あのね、

自傷をしない人間は、敵意や殺意が他者に向くことが多いです。

なぜなら、自分で自分を傷つける仕組みが元々は備わっていないからです。

悪口を言ったり、仲間外れにしたり、切ったり、刺したり、殴ったり、殺したり、そういう「死」を招く刃は基本他者に向いています。

あなたは?

自傷行為をしているあなた、自傷行為をしたいと考えているあなた。

ぼくは、そんな、本能にも勝る苦しみを抱え生きている自分を自覚してほしい。

苦しみを抱えて、自分を全て自分で抱えて、重い重いと、刃に助けを求める自分を見つめてほしいのです。

 

自分を傷つけて、痛め付けて、血を流して生きている。

他者に刃を向けず、常に己に切っ先を向けて、それでも生きている。

死にたいのに、死ねなくて、痛くて、生きたくて、楽になりたくて、それでもこうして生きている。

 

苦しみを抱え、命そのものに傷を作って、あなたは生きている。
あなたの命が、涙を流して、傷は言えずに増えるばかりで、乾かず、塞がらず、痛みを足しながら

そして、今日も、あなたは生きている。

 

生きているから、切るのではなくて、

切っているから生きている?

ぼくの腕にはないその何本もの線が、腫れた筋が、自分の命を抱えた証拠だ。
ぼくは弱いから、一人では抱えられず、色んな人に抱えてもらって大人になったけれど、あなたは違う。

一人で、自分を抱えて、刃を向ける先までもを自分に据えて。

お疲れ様だよ。すごいよ。ぼくは、選択肢にもなかったの。自分で、自分を、支えきることが。当たり前に人に頼って、当たり前に、他者に刃を向けてきたんだねぇ。

あなたが向ける刃は、自分だったんだねぇ。

でもね、あのね、一人は重くない?

刃を向ける先を変えろとか、その生き方をやめろとか、そんなん一切言うつもりない。

一人は、重いと、思ったあなた。

ぼくに、少しずつくれませんか。

ぼくらで共有して、血も涙も汗も流しながら、生きているのも、選択肢にぜひ入れて

くれないかな。

そしたら少しずつ、刃が柔らかくなって、広く、あたたかくなって、あなたの傷をくるんと包む、愛になれたらなぁと、ぼくは思っています。

手当ては任せろ!安心して!

そして、少しずつ、刃を丸く、柔らかく。

 

ぼくはね、自傷行為は必ずやめる必要はないと思う。

生きるために、死ぬために、切ったっていいやん。生きてるんやから、自由だ。

ただね、本能以上に大きな苦しみを抱える自分を、生きている自分に自覚してもらって、できたら、周りの人にも、他覚してもらえらたいいね。

ぼくでもいいなら、ぼくでいいなら。

ぼくは、いつでも待ってる。

生きているあなたの滲む赤の言葉を!