「小さな両手を受けとめられるあの瞬間が、熱い涙に変わるとき」
前々回、前回の続きです。
自閉症の疑いで療育に来ている翔真(しょうま)くん2歳と、ハルせんせーのハートフルストーリー完結編です。
朝の公園でひとしきり感動し、彼を愛しい愛しいとひたすら思い続けるハルせんせーことぼく。
初めて翔真から差し出された指先を、自分の指先でじんわり感じている場面からどうぞ。
翔真はきらきらの笑顔をくれたあと、ふと穴の中に視線を戻しました。
赤いスコップがすっぽりはまったその穴は、ぽかーんと口を開けて翔真を見返しています。
翔真はその穴、もといスコップをじーっと見つめたあと、何か思い付いたようにバッと顔をあげました。そして、ぼくの顔を見て、「んんー、」と何かを要求してきたのです。
今まで、困ったことや嫌なことがあってもひとりで泣いているだけだった翔真が!
母親にすら助けを求めず、ただ泣くしか表現を知らなかったこの子が!
ぼくに向かって何かを訴えている!
その事実に彼への愛しさがとどまることを知らず、思わず言葉に詰まるぼく。
しかし、待ちに待った翔真からの言葉、大切に大切に拾いたい。
ぼくは翔真の目をしっかり見て、
せんせースコップとるね、と言いました。
翔真に伝わったかはわかりません。しかし、翔真の掘った穴から救出された赤いスコップは、翔真の小さな手に戻されたのです。
ぼくの手から、翔真の手へと。
翔真はスコップに付いた砂を案の定嫌がりました。
でももういつものこの子と違います。
以前はただただ泣いているだけだった彼が、また、ぼくに向かって「んんー!」と、ジャリジャリになった手を差し出してくる。
ぼくはその手をとり、持っていたハンカチで丁寧に拭う。
お砂が付いちゃったね、でも、こうして拭けば大丈夫。そんなことを囁きながら。
実は、この現場を翔真のご両親は見ていました。
公園の側に車を止めて、窓から見守っていてくれるようぼくが頼んだのです。
時間になったから帰ろうね、とぼくが差し出した手を、翔真がすっと握った瞬間、ご両親は声をあげてしまったと聞きました。
ご両親の待つ車に戻り、翔真をチャイルドシートに乗せながら今日の一連の感動をお話しします。
ご両親は涙ぐんで聞いてくださいました。翔真は、頼れる存在を見つけられたのだと喜んで下さいました。
翔真のご両親も、実は発達障害をおもちで、子どもとの関わり方が苦手だとおっしゃっていました。
「せんせーの声のかけ方や、翔真との距離の取り方を学んで、早く翔真の世界に入りたい」
と、パパとママは翔真の手を握ります。
ぼくが力になれるなら、いつでもご連絡くださいと、ぼくは感動を増して心に刻むのでした。
パパとママは、明日は翔真と一緒に公園に行くためにスコップを買い足す、とにこにこしながら帰っていきました。
自分の世界を少しずつ少しずつ、人よりもゆっくり広げている彼が、誰よりも何よりも、とてつもなく愛しい朝でした。