子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

愛してほしい、愛されたいって声に出したことある?

「言葉にならない声は何処にいくのだろう」

ぼくは人柄か仕事柄か、「愛」について考える時間がよくあります。

愛着障害やアダルトチルドレンについても、自身の大学時代、「愛」について考えているときに学んだものです。

 

「愛」と、インターネットで検索すれば、全国各地からたくさんの叫びが見つかります。

 

愛されたい

愛してほしい

愛がほしい

愛して

愛して

愛して

愛して……

 

 

皆さんに、質問です。

「愛してほしい」と、誰かに言われたことがありますか?

「愛して!!」と、言葉で聞いたことがあるでしょうか。

 

ぼくはね、なかったんです。

文字で見ているから、何故か考えたことなかったんですが、気付いてしまいました。

ぼく、声で「愛して!」って言われたことがない!

 

文字ではこんなに溢れている願いなのに、文字ではこんなに身近にある言葉なのに!

実際に声に出している人をついぞ見たことがありません。

 

本の内容にはありますね。

ドラマの台詞でもあります。

歌の歌詞にもありますよ。

大学の講義でだって習いました。

 

でも、実際に、日常で、聞いたことがないのです。

顔を合わせて、訴えられたことがないのです。

ぼくの耳が、肉声として捉えたことがね、

未だ!かつて!ないんですよ!

 

 

それは、果たしてなぜなのか?

 

照れなのか?暗黙のルールなのか?

言わないのが美徳、とか?そういう感じ?

 

文字にするのは辛うじてできる、匿名でならまぁやりやすい。作品としても世に出すことができる。

それなのに、日常では飛び交うことがない。

不思議すぎる。

 

声にするにはハードルが高い。

名前を特定されるのも、ハードルが高い。

こんなに世界中に溢れているのに、声にできないなんて!

 

あれ、あれ

待てよ、

思い返してみると、ぼく自身も言ったことがないぞ。

「愛してくれ」って、言ったことない。

マジか!あれ!言ったことないな!?

 

なぜ自分は言ったことないのか……

必要がないの?いや、愛は多くて悪いことないし…
要らないのか?いやいや欲しいよそりゃ愛だもの

じゃあなんで……言ったことないのか……

あ、思い当たりました。思い当たりましたよ。

 

ぼく、「愛して」以外で満たされていたんだ。

きっと「愛してくれ」以外のもので、満たしてもらっていたんだ。

 

父親のいつもの呼び声に、母親が無条件に差し出す手のひらに

常に「愛」を感じて。

親戚の期待、友達からの信頼、仲間との協力やパートナーからの特別に、いつも満たされて過ごした。

自分に満足していた訳ではないが、不足と不自由を足枷に思わない程度に、様々な「愛」で守られていた。

だから気づかなかった。

気づかずに大人になったんだと。

 

 

「愛」そのものが、そもそも不確かなものです。

曖昧で不確かで、目に見えないから感じるしかなくて。

その透明な、でも確かに感じることのできる「愛」というものを、ぼくは滔々と享受してきた。

これがいかに稀少で有り難い奇跡なのか、今日は再認識することができました。

 

「愛してほしい」って、自分が言葉にできないなんかこう……形のない曖昧なものを埋めてくれ!!って意味かもしれない。

 

おもちゃがほしいとか、新しい服がほしいとか物理的なもんじゃない。

ご飯食べたいとか眠いから寝たいとかいう本能ともちょっと違う気がするし。

ピアノを習いたいとか、ケンカ強くなりたいとかいう技術でもなくて。

お花が咲いてほしいとか、明日は晴れてほしいとか、そういうんでもなくてさぁ。

 

自分にもよくわからないけど、何かとにかくこの隙間埋めて!!助けて!!!って状態なのかもなぁ。

なんとかして!!!この満たされない部分を!!!なんとか!!!助けて!!!って感じ。

自分で言語化できないから、言葉にできないのか。

曖昧なその「何か」を、「愛」と形容するのかもしれない。

 

一晩考えたけれど、「愛して」については今はまだ答えが出ませんでした。

まぁそうか。そんな簡単に答えなんか出てたら苦労しないよね。

とにかく、声にできない言葉なのだと認識できたのが成果かなぁ。

 

なぜ声にできないのか?なぜ声にならないのか?については、また考察してみたいと思っています。

 

 

上記は完全にぼくの考察です。信憑性も何もないです。

ハルさんこんなこと思ってんだなぁ~、とゆるゆる思ってくださるとありがたい。

 

ぜひ皆さんも考えてみて、ぼくに教えてください。

考察が深まったら、また記事として公開しますので、そのときはお知らせいたしますよ~。

 

生きてる全てが、全てぼくの先生だ!