子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

目に見える自傷行為は命の境目で目に見えない心を殺すことは一種の自殺

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「心のなかの自分を殺している時点で、もう自殺なんだと思うの」

ハルせんせー、実は最近、目まぐるしく命が生まれたり亡くなったりを見ています。どちらにも神秘を感じ、強さを感じ、人間に逆らえない力を感じ……。そんな心境のぼくが、「自傷行為」について思いを馳せる時間にお付き合いください。

 

目に見える自傷行為は命の境目

自傷行為の代表的なものとして、リストカット(リスカ)、アームカット(アムカ)が挙げられます。他には、ピアスを開ける、爪を噛む、唇の皮をむく。髪の毛を抜く。乱暴な性交渉をもつ。

このあたりは目に見える自傷行為として仮定してください。

自分に刃を向けて、心のなかのどろどろした何かを外に出し、消えてなくならない感情を手首から殺すのです。

自分を罰するために傷をつける。

行き場のない怒りを自分の身体にぶつける。

痛みがあるとスッキリする人たちは、快感があるからという方もいらっしゃいますね。うーん、人それぞれだ。

ハルせんせーの見解ではね。

既によく言われているように

「死ぬために自傷行為をする」というのはほぼほぼ間違いですね。

 自傷行為は生きるために必要な手段であって、死ぬためのものではないだと解釈しています。

死にたい自分と、生きたい自分のせめぎ合いで、「命の境目」に立っている状態。

ここから生と死、どちらを選んで行くのかという選択があります。

目に見えない心を殺すことは一種の自殺である

断言しますが、人を殺したことある人多いと思います。

友達?両親?学校?親戚?えぇーー!!殺してないよ!!殺人なんてしてない!!!

え、本当にそうでしょうか。

断言して言います。あなたは人殺しをしています。今まで捕まらなかったのが不思議なくらいですよ。何人も何人も、何千回も何万回も殺している人もいるかもしれません。

大量殺人だわ、怖いね、無意識なのに……

 

さて。

あなたが殺してきた被害者の方々を発表します。


それは、

あなた、あなた自身です。

 

あなたのために、何度も何度も死んでいます。

言わば自殺です。

 
心の自殺行為、心の自傷行為は確実に殺しですからね。

ハッとする言い方をあえて選んでいます。

あなた自身の心を殺すこと。

これ、ある意味で殺人です。

 

あなたは何度も、自身によって命を奪われてきた可能性があるのです。

殺さず救う方法を一緒に探してみませんか

あなた、今まで何人の自分を殺してきましたか?

小さな思いが死に、大きな願いが死に、最後の思いも死んでいく。

耐えられません。

このままではすっからかんになってしまいます。人事も人足りてません。死んでますから!

これ以上、あなたの心を殺さないでほしい。

これ以上、あなたの思いを捨ててしまわないでほしい。

ぼくの願いです。願いにすぎません。

でも、どうか、叶えてください。

あなたの力で、叶えてください。


生きて、生かして、そうして、命を終えて。

 
自傷行為は病気ではなく、救いである。

それと同時に、見えない自殺であることもある。

自分でそれを、1度受け止める。

 
死にたくないから、痛いことを許す自分。

生きたくないから、痛いことを許す自分。

そんな自分から、目を背けないで、受け止めて。

 

辛くなったら、ここにぼくがいます。

「受け止めました、つらい、苦しい、死にたいです。」

「受け止めたって、心の自殺をやめることはできません」

そんな声も、聞かせてください。

 

一緒に、考えよう。

一緒に、生きて、命を終えよう。