「あなたの手が掴めても、掴めなくても、ぼくはここにいます」
拝啓、あなた。
この手紙を見つけてくれてありがとう。
今から書くことは何だか気恥ずかしいし、見てほしいような見てほしくないようなそんな気持ち。
分かりにくいところに隠したつもりだったのに、さすがだね。
あなたに宛てた言葉たちを、届けたいような、届けたくないような。
やっぱり伝えたくて、でも伝えたくなくて、それでもなんとかこうして、文字にしています。
少しだけ、ぼくに時間をください。
さて。
ここまで命を生きてきて、その中で作られてきたあなたの心は、どんな形だろう。
どんな色をしていて、どんな手触りで、どんな大きさで……
重いかな、軽いかな。
少しの揺れでも壊れやすい?それとも意外と頑丈なのかな?
生きてきた長さの分だけ、苦しいことも、悲しいことも増えていく。
経験が多ければ多いほど心は敏感に、要らぬことにも気づいてしまう。
記憶は積み重なり、時に無くして、減ったり、増えたりを繰り返して。
忘れようともがいても消えてくれない過去とか、欲しくて手を伸ばしたのにすり抜けていった思いとか。
生きづらく終えづらいあなたの命が、記憶が、囚われたままの檻をぼくは探す。
自分に残された心の形は、何でできているのだろう。
眩しくて、目を閉じても明るいほどの夜明け。
電信柱に貼られた古いポスターが、はたはたとなびいている昼下がり。
何でもない机の落書きと、削りすぎた鉛筆。
機械のひしめく四角い部屋。
一番高いところから見下ろした背中。
戻らない春を叫んだあの日。
折り目のついてしまった写真に溢す雫。
結ぶには弱く織るにも頼りないほつれた糸。
雨の音がやけに響くひとりの夜、とかね。
生きている時間のなかで覚えていられたものが、心のかたち。
生きている時間のなかで刻まれた傷や記憶が、心のかたち。
今どんな形をしているの。
あなたの心は、どんな形をしているの。
ぼくは、あなたの心を知りたくて、ここにいます。
あなたが本当に居るのだと、実感し、共鳴して、奏でる音が、いつか網膜に焼き付いてくれと願っているのです。
これからのあなたの心を、ぼくの筆が彩れるといい。
閉ざしたままの格子戸の、鍵をつくって持っていく。
ぼくの心と、ぼくの言葉を二つ目の鍵として、あなたをとらえる何かを溶かして。
空に返してもいい。
土に蒔いてもいい。
風に舞わせてもいい。
そのまま飲み込んでもいいね。
檻の外を見たあとに、それでも檻に戻りたいのなら、あなたを守りあたためる毛布を。
どこにも居場所がないと嘆くなら、隣に小さな家を建てよう。
拝啓、あなたの心へ。
ハルより。