子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

人生に疲れた戦士へ、孤独感と生死にまつわる10の伝言

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「あー、あー、きこえますか、聞こえますか」

「声」を残します。

今孤独を抱えているあなた。
人生に疲れてしまったあなた。

今から5分間、
いっしょに命を思う時間にしましょう。

この時の、
今現在のぼくから、
伝言があります。

時を越えて言伝てできるよう、
此処に声を残します。

 

1、生きている最後に死ぬのだということ

死を感じるのは、生きているうち。

孤独を恐れるのは、生きているうち。

悲しくて辛いのは、意識があるうち。

身体があるうち、ではない。

生きているうち。

すべて、生きているうち。

生きている最後に、死ぬことができる。

2、意識があるうちは死ぬことができない

自分が息を引きとるまでに、
時間があるかもしれない。

身体が動かなくなっても、
意識があるうちは死ぬことはできない。

意識がなくなったら、
自分が生きているかどうか分からない。

意識があるうちにしか、
自分は生きていないのかもしれない。

3、苦しむ姿を人に見せるのは覚悟のため

辛い思いをしている自分を隠せずに、
人に見せてしまい自己嫌悪する?

違う、これは、人のためである。

苦しむ姿を見せて得をするのは、
苦しむ姿を見せられた人。

苦しんでいる様子を見ていると、
覚悟ができるじゃないか。

あの子は、もしかしたら死に近づいているかもしれない、と。

苦しい姿を隠さずに見せるのは、
誰かの覚悟のためだ。

そして、自分は周りと逸した苦しみを背負っているのだという自覚のためだ。

4、命の初めは誰も自分で望んじゃいない

誰もがひとつずつ世界を持っていて、
そのなかに命を持っている。

命は望んで手に入るものではなく、
誰かの意思で勝手に植え付けられる。

ぼくはぼくに命を植えた人を知らないし、
その時のことを覚えていない。

植え付けられた場所は、
ひとりひとり、ひとつずつ。

命は誰とも共有できない。

命はどこにも預けられない。

命は休むことができない。

みんな勝手にひとつずつ、
知らないうちに植え付けられて、
意識を生やされる。

5、自分が死んだ後のことを知る術はない

少なくともぼくには生前の記憶はない。
それは果てしない「無」だが、
「無」なのかすらも分からない始末だ。

意識がない。覚えていない。

だって、ぼくはまだ死んだことがない。

死んだ後は意識がなくなる。
死んだ後は記憶がなくなる。

意識も記憶もなくなったら、
自分が生きているのかも分からない。

自分が死んだらどうなるか、
自分だけは知る術がない。

死につつ意識を保つ術があれば別だけど、
その方法をぼくはまだ知らない。

6、命を繋ぐ安心は、自分のなかにだけ存在する

誰かに安心をもらおうとか、
どこかで安心を拾おうとか、
思っていても現れない。

安心は、自分のなかにしかない。

どこで安心するか、
誰といると安心するか、
何をすると安心するか、
何も教えてはくれない。

安心は、自分で探すしかない。

「死」に安心があるのなら、
自分で掴みにいくしかない。

銃口の先に安心があるかもしれない。
ビルを見下ろすと安心があるかもしれない。
空気を絶ったら安心があるかもしれない。

でも。

「生」に安心があるのなら、
自分をそこへ連れ出すしかない。

安心できる人を探さなければならない。
安心できる場所を確保しなければならない。

他でもない自分が、
自分の命を安心させなければ生きられない。

命が安らかに生きるために、
自分のなかを探し回らなければならない。 

安心は、自分のなかにしかない。

7、その声は、あげられるうちにあげないと

助けを求めるために、
安心を探すために、
意識を確認するために。

命を繋ぐために大切なものは「声」だ。

幸運にも、
人は言葉を会得し、
声を持っている。

苦しいと喚き、
孤独だと叫ぶ声を持っている。

「声」は音にとどまらず、
文字であったり、
温もりであったりもする。

命を繋ぐのに、与えられたのは「声」だ。

声は、意識がないとあげられない。

さらに、動く身体がなければあげられない。

声を持っていて、
身体が動いて、
且つ意識があり、
そして、意思がなければあげられない。

どれかが欠けたら、声はあげられない。

魚は、声を持たない。

魚は、声があげられない。

どんなに苦しくても、思いがあっても、
もがいても、嘆いても、

声はあげられない。

小さな水槽のなかで、冷たい水に浮かぶまで。

わずかな意識が離れ、身体が鈍く淀み、
呼吸はぴたりとやんで、目が白く濁るまで。

命が終わるまで。

命が終わっても。

魚は声をあげられない。

8、自分のなかから見つけた奇跡にため息をつく

人間は結構簡単に死ぬ。

喉が詰まれば死ぬ。
脳が弾ければ死ぬ。

小麦粉を食べただけで死ぬ。
虫に刺されただけで死ぬ。

空気を絶たれただけで、
血管に水が入っただけで、
毒物を舐めただけで、
簡単に死ぬ。

死ぬ機会は、誰にも平等にある。

死ぬ機会は、いつも1秒後にある。

死ぬ機会は、
空気と同じ場所に、
同じ数程ある。

じゃあなぜぼくらは死んでいないのか。

なぜ、なぜぼくらは生きているのか。

肌に触れているものが、今までの時間、
奇跡的にすべて毒を含まなかった。

吸っているものが、今までの時間、
奇跡的にすべて身体に適していた。

奇跡的に食べ物にありついて、
奇跡的に眠りから覚め、
奇跡的に外敵から刃を向けられず。

苦しみにも奇跡的に耐え、
辛さはすべて奇跡的に抱え、
悲しみさえ奇跡的に受けとめて。

奇跡的に心臓が動き続けている。

 

道端に黄色い花が咲いている。
雨が降って屋根をうち、
伝って地面に吸い込まれていく。

その瞬間を、奇跡的に自分は見ている。

奇跡は、
いつ何時も望まれているわけじゃない。

偶然に、平等に、常に側にある。

9、わたしは命を生かして終える

疲れた戦士へ、
あたたかくやわらかい場所を。

ねぇ、最後の探し物をしよう。

ここまで奇跡的に繋がった命で、
安心した命の終わりを迎えにいこう。

ぼくとあなたと、それぞれ孤独な探し物だ。

安心を、
自分のためだけに探して、
自分のためだけに命を終えよう。

探し物の最中にも、
生きている奇跡を見つけたら
溜め息をついてさ。

泳ぐ魚にエサを与えて、
飛沫が立つのに涙を流して。

水のなかにある安心を、
どうして伝えようか悩んでみたりね。

刃物を肌に当てて赤を眺めたり、
孤独が丸くかたまった白を飲み干したり。

もし誰かが声をくれたら、
ちょっと寄り道したりして。

自分が声をあげる意思を持ったら、
「助けてくれ」と叫んだっていい。

最後の探し物を、ぼくとしよう。

孤独で勇敢な戦士へ、
今のぼくから、伝言です。

きちんと「声」にして、残したからね。

頼むよ、未来で安心を見つけたぼく。
安心を見つける途中の、生きているぼく。

ぼくの声が、届いたあなたへ。

10、いっしょに生きて安らかな死を探そう


ハルより。