子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

無意識のジェンダーバイアスを取り除く~学校での性別への固定概念~

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ハル、性教育の好みを話す

 突然ですが、ぼくの「好きな先生」のお話をします。

 

ぼくは

 

「みんな平等になるようにしようね」

 

という教育をする先生ではなく、

 

「みんな違うことを受け入れていこうね」

 

と教えてくれる先生が好きです。

 

性教育の分野でも、それは同じことが言えます。

 

「性教育でセクシャルマイノリティを扱う」

 

というよりも、

 

「普段の生活のなかでセクシャルの多様性を実感させられるように振る舞う」

 

そんな先生が好きです。

 

男女で分ける必要のない特性を考える

先ほどお話したように、ぼくは「みんなが違うということ」をしっかり理解している先生に教わりたいと考えています。

 

男の子と女の子には、確かに違いがあります。

 

体の作りも、成長の傾向や速度も変わってきます。

 

しかし、男の子の中でも差があって、女の子の中でも差があって。

 

体の性が同性であっても、みんながみんな同じであることにはならないと思うんです。

 

 

これは男女で分ける必要があるのか?

 

それは性別に由来することか?

 

と普段から問いかけていられる先生が好きです。

 

 

「男子は力仕事、女子は繊細な作業」って、能力の傾向なだけではないかなぁ。

 

男子と呼ばれるみんながみんな、力仕事が得意なのでしょうか。

 

女子と呼ばれるみんながみんな、手先は器用なのでしょうか。

 

そもそも、男子か女子かで分けられない性を自認している子は、どうすればいいのでしょう。

 

ライターであるぼくのように、体の性も中途半端な子はどうすればいいんでしょう。

 

 

先生の目的は、男女に分けることではありません。

 

得意な人に、得意なことを手伝ってもらうことだと思います。

 

 

だから、声掛けとしては

 

「思い荷物運びたいから、力ある子手伝って~!」

 

「料理したことある子、家庭科室の準備一緒にやってくれない?」

 

「細かい作業やれる人ー!教材分けるの協力してくれー!」

 

「走るの得意な人、急いで職員室まで配達してほしい!」

 

でいいと思うのです。

 

こういう状況の場合は、男子、女子で分ける必要は全くない。

 

性別関係なく、得意な人に手伝ってもらえるほうが、先生の目的も達成しやすいはずです。

男女のふたつで分ける必要のないことは、この世にたくさんあるよ

能力だけでなく、もともと持っている体のパーツも、男女で分ける必要のないことってあります。

 

身体検査の時なども、男女関係なく、個人のプライベートパーツが守られれば問題ないわけです。

 

男子は、男子にならば、無条件に体を見られていい?

 

女子は、女子にならば、無条件に体を見られていい?

 

世間の風潮として、体の性が同じであれば問題ないという雰囲気にあっていますが、ほんとうのところどうなんでしょう。

 

 

家族になら見られてもいいけど、友達には見られたくないな。

 

体を見られるのは平気だけど、性について話すのは嫌。

 

ほんとうは自分以外の誰にも、体は見られたくないんだ。

 

私は性別関係なく誰に見られたって平気だよ。性的な話も大丈夫。

 

 

色んな人がいるんですよね。

 

だって、みんな違うのが当たり前ですから。

 

 

個人の性を守れば、それでいいって、ぼくは思うんです。

 

いくら同性だって、晒したくないパーツは晒さなくていいんです。

 

誰にも侵入されないゾーンが、セクシャルなんですから。

もし性について「いやだな」と思ったら

あなたや、あなたの身近な人が「性について嫌なことがある」と思ったならば、それは声に出して伝えていいんだということを覚えておいてほしいです。

 

相手がたとえ先生でも、先輩でも、親友でも、家族でも、声に出して「嫌だ」と伝えていいことです。

 

人それぞれ、嫌なことがあって、侵入されたくないゾーンがあって。

 

それでいいんです。当たり前です。

 

特に性については、「男女のみで分けてしまう」、もしくは「性別でひと括りにしてしまう」のではなく、「個々を守る」ということについて考えてみてほしいと強く願います。

 

自分とは違う性への意識が、あって当然です。

 

本当に性別で分ける必要があるのか、先生、一度考えてみてね。

 

そして児童生徒のみんな、「先生わかってないなぁ」と思ったら、声にして、教えてあげてね。どんな世界も、「先に気づいた方」がせんせいになるからね。