子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

発達障害に関わる大人に聞いてほしい叫び

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「なんでもできる、と言うけれど」

ぼくの職業は「児童養護施設のせんせー」です。

児童養護施設では、発達障害を持つ子どもがその多くを占めます。

子どもたちが自覚していたり、まだ未自覚であり未カミングアウトであったり、その在り方としてはとても様々です。

 

もちろん、定型発達の子もたくさんいます。

児童養護施設は、世の中の比率が「発達障害:定型発達=2:8」なのに対し、「発達障害:定型発達=5:5」程度の印象です。(※ハル調べ)

しかし、その定型発達と呼ばれる子どもたちのなかには、未診断がゆえにマイナスの「定型扱い」を受けている子もいます。

 

例えば、ADHDの特性が顕著に表れているのに、親御さんに了解が得られず、専門家による療育が受けられない子。

当然学校では普通級、定型と同じように過ごすことを求められている。

クラスでは毎日喧嘩をしては、担任の先生に怒られる日々を送っています。

すぐに席を立ち上がって他の子にちょっかいをかけてしまうらしく、指導の対象になってしまうのは仕方のないことなのですが……。

ADHDに対する適切な支援と療育が受けられれば、もっとこの子が生きやすくなるのに……と思うとやりきれません。

 

定型とは違う発達の仕方をしている、ではなく、「真剣に話を聞けず、すぐに暴れる困った子」扱いを受けている現状です。

 

違うんだ!

この子にとっては、動いていた方が落ち着けていて、真剣に話を聞ける状態なんだ!

診断も理解もないがゆえに、この子が「できない」と評価を受けていることが悔しい。

 

ぼくは今の児童養護施設に勤め始めてから、毎日毎分毎秒思うことがあります。

理解と周知の整った環境における、発達障害と定型発達が5:5で混在している、この場にいて強く思うのです。


発達障害と定型発達の違いは、実は診断を受けているかどうかに他ならないと。


整った環境と周知の行き届いた大人のもとでは、発達のかたちに関係なく、のびのびと居られるのが本来の子どもたちです。

 

強く思います。

 

苦手なものは、誰にでもあるんです。

「苦手の強弱に大きな差がある」

これが発達障害と診断される発達のかたちです。

 

それなんです。

それだけなんです。

 

おとな、親御さん、先生方、お願いします。

この子たちの苦手を見極めて、可能の範囲を広げる支援を考え続けてください。


お願いします。

ぼくも、もちろん、一緒に考えますから。

お願いします、お願いします。