子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

児童養護施設職員ハルせんせーのお悩み相談室~わらびもちさんへ~

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児童養護施設職員の、精神疾患と苦しみや恐怖から、自分を守る「何か」を得るために。

「ハルせんせーのお悩み相談室ってやつだな!」

本日は、ブログにお寄せいただいたメールに返信したいと思います。

あなたのお声を、ぼくに聞かせていただけるのはとても嬉しいです。ぼくへの支援をありがとう。

メールの内容とお話しているようなかたちで、お返事しますね。

会話!会話!

掲載許可済み。プライバシー保護のため、多少の編集がございます。

メールを下さったのはわらびもちさんです。いつもブログ、読んでいただいてありがとうございます。

 

「はじめまして。突然のメールすみません。」

はじめまして!メールありがとうございます。出会えて嬉しいです。

「私は虐待を受け育ち解離を患い、 今は児童養護施設で臨時職員として働いています。」

お、同業者ですね。虐待サバイバーかつ精神疾患患者さんなのですね。よろしくお願いいたします。

早速ですが、悩めるあなたが、お心をいためる理由を教えてください。

「児童養護施設など虐待を受けた子どもを支援する職に憧れて働きだしたものの、子どもとの関わり方が分からなかったり、 子どもからの言葉で傷付いてしまったり、 暴力が怖かったりと最近は仕事に行くのも辛いです。」

仕事にいくこと自体が辛いのですね。そりゃしんどい。

虐待を経験していない人間にはわからないことが、あなたには痛むほどわかるのでしょう。経験のある同士の分かり遇いは、子どもにとってもあなたにとっても、プラスであると思います。

児童養護施設の子どもは、自分を守ってくれる人を選別したり、とにかく生きるため自分を守ったりに一生懸命になっています。言葉や行動が暴力的、加虐的になるのも、自己防衛のためです。だからってすべてを許して、そのままでいいというわけではありませんね。

あなたの心が傷ついていくようであれば、お休みをとるか、職を見直すことも手です。現場にいなくても、間接的に子どもを守れる職場はたくさんあります。

子どももそうですが、あなたも、自分を一番に守っていいんですから。あなたを守れる人が職場にいない場合、自分で守るしかありません。いいえ、守ってください、守っていいのです。あなたはあなたを守っていいのです。

子どもは自分を守るため、手段を選べません。言葉や行動が乱暴なのも、それしか手段を知らないからかもしれません。


「ハル先生は子どもからの言葉で傷ついたり苛々したりはしませんか? 」

もちろん、傷つくことあります!子どもほんとに容赦ないですもんね!(笑)

子どもたちは生きるのに必死ですから、自分を害するもの、否定するものに過敏に反応します。プライドや自尊心、育ち盛りの心身が大きく傷つき、常に血を滲ませているのです。触れるものすべてが痛いのです。やわらかい綿も、鋭いナイフも、すべてが沁みるのです。

排除しないと、遠ざけないと、痛くて死んでしまうのではと、怯えているのです。

 

「ハルせんせーが傷ついたときは、どうしてるのでしょうか?」

ぼくは子どもの言動をすべて「助けてくれ」に変換します。

実際、助けを求めているのに間違いはありません。誰か助けてくれ、どうにか助けてくれと、叫ぶ方法もわからずに暴力暴言になってしまっているのだと。

よーし、そんなんいうけどハルくんは側にいるからな!絶対きみを諦めん!側に居続ける!自己満足やけどきみのこと助ける!!って感じです。(すごく頭悪そうだけどほんとにこんな感じ)

あなたは、自分の心に残した虐待の傷や、精神の過敏さを抱えている。

言ってしまえば、子どもと同じように、傷に血が滲んでいるままなのではないでしょうか。

ぼくの心はね、元来の楽観主義もあいまって、過去の傷は治り、かさぶたがとれて、いわゆる健康な状態に戻っています。

ぼくの心の肌は、柔らかな綿は触りたくなる。さらさらな布は心地がよいし、あたたかな言葉はじんわり優しく感じる。

しかし血の滲む心は、どんなものも痛むのです。

あなたの心はいかがでしょう。

抱えた傷を癒すために、ここに方法がたくさんあります。お薬、病院、カウンセラー、友達、動物……。


「私は頓服薬を飲んでいますが効きません。」

病院に通えているのですね、少し安心しました。あなたに助けを呼ぶ力が残っていた。よかったです。間に合って嬉しい。よかった。

効かないのは、やはり休息が必要なのかもしれませんねぇ。病院や薬の種類をかえるのもいいかもなぁ。


「職場には病気を隠して働いております。また、 主治医からは前から自分自身が虐待を受けた過去があるため、 フラッシュバック起こす可能性があることを注意されてました。」

ぼくも実はそれを心配していました。フラッシュバックはお薬では防げませんもんねぇ。


「実際、 虐待を思い返すというよりは……助けてもらえなかった自分と、助けられても暴力、 暴言を繰り返す子ども達とを比べてしまうようなフラッシュバックは ありました。」

なるほど。それは苦しかったでしょう……。頑張る力のあるあなたにとって、ジレンマのような悩みですね。頑張る力のある人のほうが、自分を守ることを蔑ろにしがちです。長所であり、短所である、といったところでしょうか。

そして、ぼくはあなたのようなフラッシュバックを「投影比較」と呼んでいます。

本来、心の力のある人が起こすフラッシュバックですね。あなたに力があるからこそ起こってしまう、バグのようなものです。

ぼくがそばにいれば、休みな休みな!!と無理矢理にでも休暇をとってもらうか、あなたを近くで守れるように相談してもらいたい。

先程も言いましたが、自分の心にも血が滲むのならば守るものが必要ですからね。

 

「自分勝手ですが、それでも子どもと関わりたくて、 味方になりたくて。」

あなたは優しく、そして強い人だ。子どもを守れる、おとなな大人だ。ただ、あなた自身の傷を守る「何か」を得られていないと感じます。

職場に解離を開示しなくても、恐怖や痛みを報告することはしてもいいのかなと思います。それが直接あなたの評価を下げることや、居づらさの原因に繋がるようならば、正直、施設自体に問題があると思います。

ひとつ、しっかり伝えておきたいのは、「あなたは何も悪くない」ということです。

もう一度言います。あなたは、何も、悪くありません。

自分の仕事に意思と誇りをもって、勤めていることに負い目を感じないで。あなたは悪くない。自分を守る「何か」を、見つけられていないだけです。

自分を守る「何か」は、幼い頃に親からもらったり、生きていく上で学んだりするものなのですが、まだ、その機会をあなたがもらえていないだけです。これは、悪いことではなく、確実に個人差があるものなのです。個人差はどこの世界にでも生まれます。悪いことではない。当たり前にあることです。

自分を守る「何か」を見つける機会に出会いましょう。ぼくと出会ったことが何かのきっかけになるといいです。


「臨時職員という立場で私に良くない感情を持ってる職員さんもいます。」

厳しい言い方ですが、それは職員側に問題があります。もしかしたらその人にも何か傷があるかもしれません。

臨時職員の仕事を全うしているのであれば、あなたに非はありません。気にしない、というのは難しいですが、あなたに非がないので縮こまる必要はありません。大丈夫。

しかし、職場の居づらさや、精神衛生を害される原因であると思うので、施設長に報告することをおすすめします。相談、というと、聞いておしまいにされてしまってモヤモヤが残る可能性も高まる。ですから、報告という形でまず知らせておくことが大切です。

これも、自分を守ることに繋がります。

 

ぼくとあなたがここで、このタイミングで出会えたことは、何か意味があるはずです。

あなたの心に残された力が、尽きる前に声をもらえてよかった。本当によかった。ありがとう。

あなたの心を守る「何か」を、これから一緒に見つけていきましょう。

一緒に!

一緒に!


ハルより。