「子どもからの一言、子どもとの些細な時間が、ぼくにとって大きな贅沢である」
宿直の夜。
今日も一日頑張れたね。眠りにつく前の子どもを抱きしめたあと、頭を撫でながらおやすみを言います。
宿直の日の夜の出来事
とっぷり暮れた23:00頃。
雑務と残り家事を終えて、シャワーを浴び、濡れた頭を拭きながら歯ブラシを咥える。
いくつか並んだ鏡の角に、すっ、と映る人影。
ぎゃーーー!ホラーなんて聞いてないぞ!!とお思いの方、安心してください。
まるで幽霊のように現れたのは、中学3年生の武人(たけと)です。
ひょろっと長い身丈に、ダボッとしたスウェットを着て、ゆらゆら歩いてくる。
武人は受験生。
今まで勉強していたのだが、物音がしたから来たと言います。
ごめんよ、武人にとってはハルくんが幽霊だったか。
武人は元々成績のよい子ですが、最近はますます気合いを入れて頑張っていました。
休日は図書館に行き(児童養護施設に静かな場所はありませんから……)、テスト前も何度も復習。
勉強の面で言えば、あまり手のかからない子です。それゆえに、職員からしたら宿題をこなしたり勉強をしていることが当たり前になってしまいがち。
武人は武人で、褒めてほしいけど、褒めてとは言えない。職員には素直に甘えることのできない、思春期真っ只中。
「今日の泊まり、ハルくんなのか」
静かな声で、武人が言います。
ぼくは歯ブラシをゆすいでうがいをし、武人に背中を向けたまま答えます。
武人腹減らない??
武人は少し驚いたように目をちらつかせましたが、すぐに「まぁ減った」と答えました。
じゃあ、一緒に何か食おうぜ!とふたりでキッチンへ。
何が食いたい?
べつに、なんでも。
あまいのがいいかなー、パン食う?
飯がいい
おい、何でもいいんじゃないのかよ
パンはいらない
何なら食べる?
………………なんか、やらかいごはん。
よし、やらかいごはん、な。かわいいやつめ。おじやのことだな。
ぼくは冷凍していたご飯を煮つつ、卵をといたり、ネギを切ったり。
それをキッチンの椅子でぼーっと見ている武人。
ねむい?
眠くない。暇。
手伝うか?
やらねー。ハルくん作るって言ったじゃん。
うぇー。そうだけどー。
完成したおじやをもって、ふたりで食卓へ。
暗い食卓に、ひとつだけ明かりをつけて、並んで座る。
いただきます、とぼくが手を合わせると、無言で手を合わせ食べ始める武人。かわいいやつめ。他の職員や子どもたちには秘密だぞー。と言うと、「言わんし」と毒づくもののちょっと嬉しそう。
ぺろっと平らげ、お皿を洗う。
さっきと同じ椅子に座っているうち、眠くなった様子の武人。
背後に気配を感じて振り向くと、とろんとした目の彼と目が合う。
先に寝ていいよ、おやすみ。
何気なくかけた声は、眠たい彼の耳にもきちんと素直に届いたようで。
「うん、ごっそさん」
小さい声で。ごちそうさまと。
ぼくにとって贅沢な一言を。
くぅー!お前ってやつは……!
相も変わらず、かわいいやつめ。
宿直の夜にだけある、ぼくの贅沢な時間のお話。