子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

子どもからいじめや嫌がらせの相談をされたら大人としてどう対応する?

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「せんせーは守るよ、大丈夫だよ、を多く伝えたいな」

教育界のみならず、人が集まる場では共通の問題「いじめ」。

昨今この「いじめ」による被害が多く報告され、実害として不登校や精神疾患などを引き起こし、社会問題となっている現実です。

ぼくは「いじめ」という言葉が柔らかすぎるという指摘には賛成です。

やっていることは恐喝、暴力、誹謗中傷、名誉毀損。

しかし、ぼくらせんせーが考えるべきなのは、全ての子どもを守ること。

いじめはねぇ、する方が確実にアカン。

どんな行いも、先に攻撃した方がアカン。

だったら、その攻撃を防ぐためにどうするのか?

ぼくがクラスを経営していくために実践していた一例をご紹介いたします。

 

いじめや嫌がらせの被害を訴えられたときのハル流対応

①報告してきた子の言い分を、個別にガッツリ聞く

まずは、先生に言おう、助けを求めようと思ってくれた子の気持ちに全面的に添う。

報告がなければ気づかない些細なこと、裏側のことは、ほんと、案外多いんですよ。

この子は色んなリスクを考えて、なおぼくらに助けを求めてくれているわけです。

「チクった」って言われたらどうしよう……先生に見捨てられたらどうしよう……親に報告されたらどうしよう……今よりしんどくなったらどうしよう……

色んな不安を抱えて、それでも絞り出した「先生助けて」なわけです。

だからこそ、教えてくれてありがとう絶対守る(真顔)という気持ちを大袈裟なくらい伝えていきたい。

打ち明けてくれた子の気持ちを、とにかく「しんどかったなぁ、話してくれてありがとう」とただひたすらに聞く。

いつ、どこで、何をされたか、という事情聴取的なことはその後。

まずはひたすらに、聞く!

②報告された子の言い分を、個別にガッツリ聞く

次は嫌がらせを行ってしまっている子どもへのケアです。

これ、大人は結構忘れがち。

嫌がらせやいじめをする子どもにも、確実に心に闇があります。

これを無視して頭ごなしに叱りつけるのは、被害を増やすだけです。

いじめを叱りつけても、なんの解決にもならんとぼくは思うのよね。

だからこっちも、①と同じくとにかく聞く!

 
報告してくれた子の名前は出さずに、

「最近の君を見ていて、しんどいんじゃないかと心配している。何かままならんことがあるか?」

と、本人の口から悩みや不安、葛藤などを引き出したい。

ポツポツ話始めればよいのだけど、実はこれ、難しくて。

子どもって、自分のしていることに後ろめたさがない場合も多い。

んで、自覚のない傷、自覚のない刃、結構持ってる。

自衛の本能のせいだから、これはこの子の性格がどうこうの話の前の段階で。

しゃーないよ、気づいてないんだもの。

気づかんもんは直せんし、罪悪感も抱けんよ。


そういうときは、

「クラスの複数人から、あなたの行いが目に余るから助けてあげてほしい、と報告を受けている。心当たりはある?」

って感じで、自分の行いを振り返り自覚する機会を与えていく。

 

いかにも第三者から報告を受けた、と取れる言い方をするのがよい。

これは事前に裏付けとして、当事者以外のクラスの何人かに話を聞いておくのをオススメする。

 

自覚をしっかり引き出したあと、その子の言い分をガッツリ聞く。

みんな、自分の正義や自衛のために他を害していることがある。

この子のことも、守ってやらんと。

③「報告をしてきた子」に今後どうしたいかを聞く

これ以降は、「報告をしてきた子」の意に沿って行う。

言わないで!といわれたのにわざわざ当事者を呼び出して話し合いをさせるのはアカン。

「報告をしてきた子」に今後どうしたいかを聞いて、そこに向かった支援や行動を一緒に考える。

いじめや嫌がらせの報告をしてきた子の意に沿って

以下は、「こりゃちゃんと話し合える子どもだな、と教師が感じた」かつ「報告をしてきた子が話し合うと言っている」

を満たした場合にする支援です。

あくまでも、「報告をしてきた子」の意に沿って!

④両者を引き合わせ、お互いの言い分に誤りがないかぼくから確認。

報告された子が自覚をしたら、ふたりを同時に呼び出して話をする。

ふたりから聞いたことを交互に確認しながら、

「この事実はあったか」
「そのとき相手はこういう気持ちだったのだ」

というのをゆっくり話す。
 
最初はお通夜か喧嘩腰かのどちらかになるが、基本的にぼくの話を聞いてもらう。

事実か、事実ではないかの確認のみ行う。

これは客観的に自分達の行いを見る時間。

そして、教師が事実を知るための重要な時間なのである。

⑤相違点を両者と擦り合わせ、妥協点を探す

ここからは子ども同士話をさせてもよいかな。

お互い思ってることを吐き出すもよし。

言い過ぎているところや、そりゃ違うだろ、と思ったところはちょいちょい大人の言葉を聞いてもらう。

⑥自分が悪かったと認める強さを話し、子ども自身が反省した部分は相手に謝罪。

ここでやりがちな大人の対応として、謝罪の強要。

そして謝罪されたら受け入れなければならないという雰囲気。

さらに「みんななかよく」の呪縛。

 

謝罪は強要しない。

口だけの謝罪をさせたところで、どちらも救われない。


謝罪を受けても、許さないといけないわけではない。

許せないときは時間をかけてよい。

 

「みんななかよく」しなくていい。

苦手なものや、合わない人からは距離を取っていい。

でも、攻撃するのは間違っている。

無視も攻撃のひとつである。

距離をうまく保つためには、これから練習が必要だね。 

 
なーんてことを話したあと、

今ここで、自分が反省したことや、相手に謝ろうと思ったことがあれば教えて。

と促す。

ここは、泣いてしまう子が多い。

心の深くに迫る問いかけだからかな。

⑦ここで終わりではないから見守りと観察を

この一連の質問が終わったら、今後ふたりはどうしたいか、先生抜きで話したいことはあるかなんてことを聞いて、とりあえずおしまい。

ここからが長いけどね。

ここで終わりにしてしまう大人は詰めが甘いぞ。

ドラマじゃないんだから、そこから急激に変化したりしないんだ。

見守りと、観察を徹底。

もちろん、ふたり分のね。

 まとめ

助けを求める先があること、助けを求める方法を知っていることは、その子にとってとても良いこと!

但し、チクリ魔みたいになっちゃうとよくないから、子どもが言いに来る前にぼくから話しかける。 

 

敢えてこっちから「今どんな感じ?」とか、「あれからどうよ」とか、声をかけるようにしている。

宿題終わった?とか、昨日何してた?なんて世間話から入ってもいい。 

ちゃんと見てるよ、きみを守るよ、というサインは、くどいほど伝えていきたいね。