子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

傷の舐め合いって悪いことなの?慰め合いと甘やかし合い

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「急所を晒せて、手当てし合える関係ならばそれはいっそ」

ぼくのTwitterタイムラインに流れてくる、傷の舐め合い論争。

いいもんだ、とか、悪いもんだ、とか、そのくらいのまだ深められていない意見たち。

そんな数々のツイートを見て、ぼくが思ったことを書き連ねました。

 

傷の舐め合いってどういうこと?

そもそも、傷の舐め合いというのはどういった意味合いなのでしょうか。


Wikipedia先生によるとですね、

傷の舐め合いとは、「似たような不幸の下にある者がなぐさめ合うこと」

と書かれています。

また、ただ慰め合うだけではなく、

ただ互いを甘やかし合うことへの「軽蔑の意味」を含むらしいのです。

甘やかし合うことへの、軽蔑、かぁ。

慰め合う姿への、軽蔑、かぁ。


ぼくは恐らくこの「軽蔑」の気持ちに疑問があるから、傷の舐め合いについて考えることになったのでしょう。

「傷の舐め合い」への認識を整理する

ぼくの解釈では、

傷の舐め合い=慰め合い

程度の認識でありました。


特に軽蔑の意がなく、単純に慰め合う意味でしか捉えていませんでした。


本来の意味を調べ、きちんと語源を知ってからも、なんだか疑問は拭えません。

 

なぜ、傷を舐め合うのが悪いことのように表現されるのでしょうか。


不幸な境遇をお互いに慰め合っている状況に、美しさを感じない人がいる。

不運な出来事をお互いにフォローし合っている様子を、弱味と捉える人がいる。

そういう世界って、生きづらいなぁ。

ぼくの世界とは違うなぁ。

患部を晒せる関係ならば、それは信頼なのでは?

「傷の舐め合い」という言葉。


本来の使用法と違っていることを知った上で、ぼくは

「傷が舐め合えるくらいの関係ならば、その相手とよい関係を築けているのでは?」

と思っています。


傷なんて、弱味なんだから。

弱味をわざわざ晒しているってことなんだから。


急所を晒して、痛む傷口を見せ合い、患部を手当てし合う。

それって、悪いことなのかい。

きっかけはどうであれ、慰め合える人がいて、声をかけてくれる人がいて。

それって不幸かい、醜いかい。


少なくともぼくは、いいもんだって思うよ。

傷の舐め合い、いいじゃない。

傷を舐めるってことは、手当てするってことだよな。

薬と違って治療にはならないから、治ることはないけれど

傷に包帯を巻いてくれる人がいるってことだ。

痛む傷口を守ってくれる何かが、側にあるってことなんじゃないか。

 

それって、不幸かい。

軽蔑に値するかい。

 

ぼくの違和感は恐らくここにある。

傷の舐め合いに軽蔑の意味が含まれるのならば、この言葉はあまり使いたくないな。

慰め合うこと、甘やかし合うこと。

その相手が、側にいること。

それは嫉妬こそあれど、蔑まれることではないって思うからね。