子どもが僕らを素敵な先生にしてくれる。

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児童養護施設、小学校、教育系大学、教育実習、療育施設などで経験した事柄を連ねる、徒然なるままにが過ぎるブログ

ぼくらのたからばこやさん

ADHDかもしれない……病院に行かせてくれない親を説得するには?家族に教えたい健康と障害のお話

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「障害と病気は混合されがちだけど、きっと別物だよ」

こんにちは、ハルせんせーです。

 

今回は、Twitterで解放している質問箱に届いた質問にお答えしたいと思います。

身に覚えのある当事者のあなた。

もしや自分の家族が、と思い当たったあなた。

認識の違いを滑らかに埋めて、一緒に生きやすく生きられたら素敵です。

 

質問を読みます。

私は生きていて困りごとがあります。

インターネットでADHD セルフチェックをしたら、結果はADHD だと出ました。

病院に行きたいのですが、母親が許してくれません。

「あなたは健康なのだから ADHD ではない」と。

こんな時どうすればいいですか?

 

ハルせんせーの回答
 「病院は手段のひとつとして全員に保証されているよ」

 病院には、行ってください。

 

 

ちなみに病院はですねぇ。

必ずしも病気の人が行く場所ではありません。


怪我の予後を見せたり、マッサージやトレーニングを受けたり、妊娠していたり、予防接種をしたり、定期検診を受けたり、お見舞いに行ったり、院内で働いていたり……

病院に行く人は、必ずしも全員が病気ではないよね。

 

あなたも同じです。

 

困っていることがあるから、支援の方法がほしくて行くんです、病院。


病院はね、

自身が困っていることが、身体や心という自分の深いところにある。

生命に直接関わりのある人が行くところ。

 

ですから、別に病気じゃないからって行っちゃダメなところではないんだよ。

 

 


ADHDは果たして治す病気なのか?

さらに言うと 、ぼくの見解では

「ADHD は病気ではありません。」

 

ADHD というのは発達の個性、発達の方向性なだけであって病気ではありません。

 

もう一度、強く言いたいと思います。

 

「発達障害は病気ではありません。」

 

 

ただ、あなた自身困っていることがあるのよな。


生きるなかで困っていることがある
 →その支援がほしくて病院を選択する。

これはとても合理的で、人間全員に認められている権利だよ。

ぜひ病院には行って、支援を求めてください。

 

 

そして、お母さんに教えてあげてほしいことがあります。


「ADHD は病気ではありません。」

まずはこれです。

 

病気っていうのは、基本的には治るものを言っているらしいの。(※諸説アリ)

基本的にはね。

(※ハルせんせーはせんせーですが、医療の先生ではなく教育のせんせーなので、医療的な質問の回答はできないですごめんね)

 

とりあえず 、ぼくの見解では、ADHD は病気ではありません。


特に、発達障害っていうのは思考の種類だと思うよ。

 

髪の毛が長い人。短い人。天然パーマの人。ストレートの人。

背が高い人。低い人。標準の人。

色が白い、黒い。

声が低い、高い。

腕が長い、短い。

 

それと同じように、

ADHD という脳の形の種類、個性であるとぼくは考えている。

その個性が、時に命を生きづらくしてしまうときもある。

 


困っていることがあったら、

「助けて」って言いたくなるよね。

 


自分の見地の及ばないところの支援を求めるために、外部に「助けて」って言うのは賢い手段だ。

助けを求める先に病院を選択するのはアリだし、誰でも求めていっていい場所だ。

 

 


お母さんにねぇ、説明して欲しいのは、

健康と ADHD は比例しない、というか……


「ADHDだから健康ではない、ということではないんだよ~」っていうことを言ってほしい。

ADHDは、直接健康に関係ないんだ。

間接的に関係することは多々あるけれどもね。

 


ADHDっていうは思考の形であって、

病気か、そうじゃないかという判断材料にはならない。

 

さらには、

発達障害というものをですねぇ。


障害という名前がついているから、「治さないといけない!」とか、「治るものだ!」と思っているかもしれないけど

別に治す必要はないし、恐らく治んないです。

 

でも、緩和することはできる。

自分の困り感を、緩和することはできるんだよ。

そのために、病院に力を借りるんだ。

許されている権利なんだよ。

 


余談だけど、俺はADHD でも別に困ってないよ~っていう人もいるぜ。

感覚も、脳の構造も人それぞれなんだ。

 


相談者さんの場合、

生きてて困っていることがある
 →ADHDセルフチェックしてみよう
 →やはりADHDじゃないかな?
 →支援がほしい!
 →自分の困り感を緩和したい!
 →(支援をもらうために)病院を選択
 →母親にわかってもらわないと!

って思考の仕方、めちゃめちゃ賢いと思う。

 

「私めちゃめちゃ賢いので、お母さんも賢いはずだし病院一緒に行こ!」

って、お母さんに言った方がいいと思いますねぇ!

ぼくは、そう思います。

 

 

そもそも、

自分で「 ADHD じゃないかな」って気づいて、

その支援を適切な場所に求められてるのは、めーちゃめちゃ賢いことだと思わないかい。

 

例えば、皆、何かしら学科のテストやるよね?


算数苦手だなぁ
 →私、算数苦手なんだな。
 →算数の問題集買おう。
 →算数だけ塾に通おうかな。
 →もっといっぱい勉強しよう。
 →もっとわかりやすい方法を探そう。


こんな風に、苦手や困りを克服するために思考する。

 


それと一緒で。

 

私ADHDかもしれないな。
 →自分はじっとしていることが苦手だ
 →集中力が持続するような支援何かないかな。
 →病院に(支援を)求める。
 →お母さんに協力してもらわないと!

 

めーちゃめちゃ賢いよね。

解決方法を考え続けられるあなたは、せんせー側だよ。

知らない人に、教えてあげたいね。

 


なので、お母さんにはねぇ。

このblogのように説明してみるのもいいかもしれません。


このblogや、ハルせんせーのYouTube動画を見せるのも良いかもしれないです。

 


賢い君へ。


病院には、ぜひ行ってください。

一人で行っても大丈夫。

 

もし困ったことがあればまたDMとかしてね!