「それわたし とくいかもしれない!」
自分の得意なことを聞かれたら、胸を張って答えられる大人はどのくらいいるのでしょうか。子どもたちの自尊心を育てるためには、自分の自尊心から育ててみよう!という講義をどこかで拝聴しましたが、実際問題少し難しい問いです。
進級したての4月半ば。小学校4年生の教室にて。子どもたちは新しいクラスに浮き足立ちながらも、楽しげにプロフィールを作成していました。
新任であるぼくへの配慮と、クラスメイトへの自己紹介を兼ねて、学年全体で「プロフィール」を書くことが決まりました。それを書いている時間の出来事です。
プロフィールは、よくある項目に従って、名前、生年月日、血液型、得意な教科、頑張りたいことなど……
特に変わり種はなくシンプルなものです。教室の後ろの掲示板に並べてに貼る予定のため、普通紙に下書きをし、それを本番用の画用紙に写すという行程で進みます。
多くの児童はすらすらと、かつ楽しそうに書いています。
「おれは算数をがんばりたい」
「わたしは大きくなったら警察官になる」
「せんせー、ここはこう書いてもいい?」
「せんせーのたんじょうびっていつ!?」
子どもの書いている姿を見ながら子どもを知れて、派生でコミュニケーションもとれて、後ろの掲示板も埋まるとあって、担任としては一石三鳥。
ぼくにとってもとても充実した時間となりました。
しかしふと立ち止まると、ペンの進んでいない子がいます。あまり教師に絡んでくるタイプではなく、クラスでも大人しい性格の李花(りか)です。特段言動に違和感がある子ではなく、下級生に優しかったり、宿題を丁寧にやることができたり、係りの仕事をきちんとこなしてくれたり。
良いところがたくさんある素敵な女の子です。
李花どうした、書きにくいか?
「……ここが書けない。」
指差したのは「得意なこと」の欄でした。
他のクラスメイトたちは、サッカー、お絵描き、ピアノに計算、靴飛ばしや側転……思い思いに書いています。
バラエティに富んだ意見を期待できる項目。
書きにくいという声は今までありません。
李花は得意なこと思い付かない?
せんせーは、李花にはたくさんあると思うけど。
「……とくいなことはない。あんまりおもいつかない」
そうかぁ、じゃあ字を書くこと、なんてどう?李花の字はいつも丁寧でせんせーすごいと思うな。
「字はきらいじゃないけど、べつにとくいじゃないもんなぁ」
ふむ、じゃあピアノは?1年生のときから習ってるって聞いたよ。長く続けるのって難しいし、すごいことだ。李花の得意なことにならないかな?
「長くやってるけど、別にとくいっていえない。李花うまくないもん、○○ちゃんのが上手だし」
そうなのか……誰かと比べなくても、李花が得意ならいいんだけどなぁ。
ハルせんせーも一緒にうーん……と悩んでしまいました。
どうやら李花ちゃん、自分に自信がない様子。
そして周りから
「別に李花はそれほど得意じゃなくない?」
と言われるのが怖いのだそうで。
あぁーそうなのか!小学校4年生の心の成長を甘く見ていた!李花ほど自分を客観視している子なら、有り得なくはありません。
周りの目も、人間関係も気になり始める年頃。
ぼくは少し考え、李花の繊細な心を知ってみたくなりました。
李花の気持ちよくわかった。じゃあ、せんせーここの項目「得意なこと」じゃなくて「好きなこと」に変える、そしたら書けそう?
途端、李花の目が安堵の色を見せます。
「それなら書ける。一輪車、毎日のってる。李花一輪車すきだよ。あとお花に水をあげるのがすき。ママの洗濯物手伝うのもすき」
おぉ!そうなんだ!せんせー李花のことたくさん知れて嬉しい!でももしかしてそれって、李花の得意なことなんじゃない?家の手伝いなんて、みんながちゃんとできるわけじゃないし。好きって思えることなんて、得意にならないわけないよ。毎日続けることが得意です!でもいいかもしれないね。
ぼくのその言葉に、李花はうーん……と考えて、元気にうん!と返事をしました。
李花のおうちのことは、李花しかわからないし、友達が何か言うことのが失礼でおかしいよ。そういうときはせんせーが絶対力になるから教えて。李花は李花の好きなこと、得意って書けばいいよ。
「そっかぁ、毎日やってるし、李花はママの洗濯物手伝うのも、一輪車も、お花の水やりも得意かもしれない!」
李花の「得意なこと」欄には、3つが書かれることになりました。
李花が自信をもって得意を宣言できる、珠玉の得意たちです。